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医療と建築が交わる場所で、持ち帰ったもの:安全持続性能の会 全国大会(後編)

医療と建築が交わる場所で、持ち帰ったもの:安全持続性能の会 全国大会(後編)

前編のふり返り

前編では、三つの講演を書きました。基調講演では、住宅内の転倒・転落での死者が、交通事故とほぼ同じ数だという現実を知りました。谷田貝さんは、ご自身の闘病の体験から、安全持続性能を「目の前のこと」として話していました。大出さんは、自宅の1年間の実測データで、「測って確かめる」ことを示してくれました。

後編は、四人目の松井先生の講演からです。

高齢者の骨折と住まい:医療と建築の連携

四つ目は、帝京大学の松井健太郎先生の講演です。整形外科医で、外傷と骨折の治療が専門です。帝京大学の外傷センター(2009年開設、日本の大学病院で初)に勤めていて、年間約1,200件の手術をしています。時間通りに行う手術を担当するチームを「白」、いつでも、緊急で動くチームを「青」と呼んで、役割を分けているそうです。2025年からは、同じ大学の経営戦略研究科、いわゆるビジネススクールにも通っているそうです。医療と経営、二つの立場から「住まいと怪我」を研究テーマにしています。

建築の人間にとって、骨折の現場の話は初めて聞くことばかりでした。手術の仕組みも、「ちくわにキュウリを入れて、つまようじを刺す」とたとえて説明してくれました。骨は中が空洞です。芯になる器具を中に入れて、回らないように交差してピンを刺して留める。複雑に見える手術も、基本は構造を安定させる考え方だ、という話は、建築の人間にも分かりやすいものでした。

立ったまま転んだだけで、命に関わる

高齢者の多発外傷の80%は、2m以下の高さからの転倒・転落だそうです。立った高さから転んだだけで、命に関わる重い怪我になります。

とくに気をつけるのは、脆弱性骨折と呼ばれるものです。

この四つの骨折は、日本で3秒に1件起きています。2040年まで増え続ける見込みだそうです。

高齢者が救急搬送されて入院する理由は、1位が肺炎、2位が心不全、3位が大腿骨頸部骨折です。ほかの病気は内科的な治療で済むのに対して、大腿骨頸部骨折だけは手術が必要になります。

背景にあるのは骨粗鬆症です。患者数は約1,600万人。60代で5人に1人、70代で3人に1人、80代で2人に1人にのぼります。夜中にトイレへ行く途中で転んで、救急搬送されるケースが非常に多いという話は、家をつくる側として真剣に聞きました。廊下の照明や、寝室とトイレの動線は、設計で変えられるところです。

最初の骨折が、次の骨折を呼ぶ

骨は、きちんと固定すれば、ちゃんと治ります。ただし、元の強度に戻るまでに、約1年かかるそうです。

そして、治っても、日常生活の動作(ADL)は一段下がります。どれだけ治療をしても、受傷する前のレベルには完全に戻りません。自力で歩けていた人が、杖、歩行器、車椅子へと、段階が下がっていきます。

放っておくと、最初は手首、最後は足の付け根と、スタンプラリーのように次々に折れる「ドミノ骨折」が起きます。だから、最初の骨折のときに、骨粗鬆症の治療も含めてきちんと介入することが大切だと話していました。

大腿骨頸部骨折は、48時間以内の早期手術が望ましいとされています。早く手術すれば、床ずれ、尿路感染症、誤嚥性肺炎を防げて、自宅に戻れる可能性が高まります。手術のあとは、リハビリ病院で2〜3か月過ごします。その間に、自宅に戻るか、施設に入るかの分かれ道がやってきます。家の状態が、その分かれ道に影響するわけです。

労災になる、という視点

もう一つ、考えたことのなかった視点がありました。国は65歳定年の廃止と、75歳までの就労を検討しています。高齢の方が現場で働く時代になれば、転倒や骨折は労災になります。僕たち工務店の現場も、他人事ではありません。

「危ないから直しましょう」では、人は動かない

住まいの話でも、大事な指摘がありました。

先生が恩師から受け継いでいる考え方に、「What matters most to me」がありました。その人が何を一番大事にしているのか。選択肢を並べて「どれにしますか」と聞くのではなく、本人の大切なことに合わせて、専門家として提案する。谷田貝さんの「取捨選択まで専門家の仕事」という話と、ここでつながりました。

信頼の話と、エビデンスの話

建築業界は「胡散臭い」「価格が適正かわからない」と見られることがある、という話もありました。耳が痛いですが、事実だと思います。手首の骨折のように、ニーズが表に出たタイミングで、過度に売り込むと、かえって不信感を強めてしまうそうです。その信頼を乗り越える土台として、医療との連携が役に立つ、という結びでした。

そして、最大の課題は、医療と建築をつなぐ専門知識の連結だそうです。必要性を示すエビデンスを、どう整えて見せていくか。ここは、次の「実測と検証」につながります。

審査員セッション:数字で示し、物語で伝える

最後に、審査員のみなさんによるセッションがありました。ここで聞いた話は、これからの発信にそのまま使えると感じたので、メモを残しておきます。

昨年、ウチははじめて安全持続性能アワードにエントリーして、受賞には届きませんでした。受賞された方々を見て、「来年は頑張ろう」と思ったことを覚えています。

だから、審査員の話は、人ごとではありません。

評価されるのは、数字と、その裏にある物語

審査の視点として、最初に出てきたのは「数字で示す」ことでした。ただし、機能的な価値を数値にするだけでは足りません。情緒的な価値も一緒に見られます。そして、「残せるもの、渡せるものは何か」という問いかけがありました。

伝え方の順番も、具体的でした。

  1. 解説:まず、比べられるように数字を出す
  2. プレゼン:どう考えたのか、を伝える
  3. ストーリー:そこに人が見えるか

お客さんへの寄り添いが伝わるか。読んでいて、先を読み進めたくなるか。この二つも、評価の分かれ目だそうです。

印象に残ったのは、蕎麦のたとえです。同じ蕎麦でも、バックストーリーが分かると、評価は1.4倍、価格は25%上がるという話でした。家も同じだと思います。性能の数字だけでなく、なぜそうつくったのか、誰のためにつくったのかが分かると、見る人の評価は上がります。

安全と心地よさを両立するために

「安全性を高めながら、住まい手が心地よく、自分らしく暮らせる家にするには、何が大切だと思いますか?」という問いにも、メモを残しています。

谷田貝さんの「押し付けず、取捨選択まで一緒に」という話や、松井先生の「What matters most to me」と、同じ方向を向いていました。

明日から、ひとつ変えるなら

「明日からひとつ変えてほしいことは何か?」という問いかけには、次の言葉が並びました。

医療と建築が結びつく観点

この会の一番の特徴である、医療と建築の結びつきについても話がありました。

神馬建設に持ち帰るもの:実測と検証

今回、持ち帰るテーマは「実測と検証」です。

四つの講演と審査員セッションを通して、同じことを言われていた気がします。住む人の安全と暮らしは、つくり手の頭の中の理想ではなく、実際に測って、確かめて、伝えて、はじめて守れるものだということ。

基調講演の2,700人という数字は、家の中が決して安全な場所ではない、という現実でした。谷田貝さんは、ご自身の身体で、家の弱さを体験されていました。大出さんは、その家の性能を、1年間の実測データで示していました。

骨折の講演では、医療と建築をつなぐ一番の課題が、必要性を示すエビデンスを整えることだと話がありました。建築の側から出せるエビデンスの一つが、実測のデータだと思います。階段や廊下の明るさ、冬の朝の室温、夜間のトイレまでの温度差。測れば、医療の言葉と建築の言葉が、数字でつながります。

審査員セッションでは、数字で示したうえで、考えたことと人の姿をストーリーで伝える、という話がありました。実測の数字は、それだけだと冷たいままです。数字の裏にある、誰のために、なぜそうしたのかを添えて、はじめて伝わります。

家の性能は、計算上の数字だけでは語れません。建てた家を実際に測って、結果を確かめる。そのうえで、うまくいったことも、いかなかったことも、きちんと発信する。そこまでやって、はじめて安全持続性能に取り組んでいると言えると思っています。

ウチでこれから取り組むことは、次の三つです。

ウチは、家を「House(箱)」ではなく「Home(帰る場所)」と考えて、「イエ」と書いてきました。帰りたくなる場所は、そこで暮らす人が、長く安全でいられる場所でもあります。その土台に、安全持続性能の考え方は重なります。

この会の雰囲気が、何より良い

四つの講演と審査員セッションを聞き終えて、あらためて思い出すのは、会場の空気です。

あたたかいんです。

他の勉強会や大会とは、明らかに違います。どこが違うのかを考えてみました。たぶん、安全持続性能という考え方に賛同して集まった人たちの価値観が、そのまま場の雰囲気になっているのだと思います。住む人の安全と、その先の暮らしを本気で考えている人たちです。だから、人に向ける目がやさしい。審査員セッションで聞いた「人が暮らすことに興味を持つ」という言葉が、この空気の理由にも思えました。

規模が大きくなって、人数が増えても、この空気が変わっていないことにも驚きました。安全持続性能という考え方が広まることは、社会にとって良いことだと、会場にいて素直に思いました。

おわりに

建築と医療が交わる場所には、まだ知らないことがたくさんありました。イエは、住む人の身体と暮らしを支えるものです。そのことを、あらためて考える一日になりました。

昨年、副会長を拝命してから1年。今年は、安全持続性能の考え方を、浦河のマチで、小さな工務店のウチから、どう広げていくかを考えながら参加しました。

まずは足元で、実測と検証から始めます。

運営のみなさん、登壇者のみなさん、一緒に過ごしてくださったみなさん、ありがとうございました。

本当に善き学びの旅でした♪

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