神馬建設のインターンに参加した加藤貴也と申します。
今回、私は北海道・浦河町にある神馬建設のインターンシップに参加しました。このインターンは友人からの紹介であり、神馬さんという方は会ったことも一度もないということで浦河町に着くまで正直不安だらけでした。ですが神馬さんをはじめとする浦河町で関わっていくうちにその不安は全くと言ってよいほどなくなりました。
インターンの前日は少しでも神馬さんという人を知るために、神馬さんのブログをすべて読みこみました。今回の記事はブログを読んだうえでインターン活動中に気づいたことを書きたいと思います。
「土地を読み込む」ということ――冬の夏苺とウラカバ
神馬建設が発信している言葉の中に、「イエづくりで大切なコトは土地を読み込むこと。同じ場所でも、そこに住む人の想いで全く違うものになる」というものがあります。
この言葉の真意を、私は町歩きの中で体感しました。
ふと立ち寄った地元のパン屋さんでのことです。真冬であるにもかかわらず、そこには浦河町特産の「夏苺」を使ったスムージーがありました。聞けば、夏苺特有の爽やかな酸味を大切にし、冬でも味わえるようにと大事に保存・提供しているとのこと。
さらに店内を見渡すと、浦河町の非公認キャラクターであるウラカバのイラストが飾られていました。
都会であれば見過ごしてしまうような小さな光景です。しかし、そこに目を向けた瞬間、この店がパンを売っている場所ではなく、「浦河の特産品を守りたい」「この町を愛している」という、人々の切実な想いと文脈が詰め込まれた空間であることに気づきました。
また、町歩きの際、視線を足元に落とせば、人工物が少ないからこそ、地面から力強く顔を出したフキノトウの存在感にひどく心を奪われました。全国どこにでもあるチェーン店の「つぼ八」でさえ、ここ北海道が発祥だと知った途端、地元独自の誇らしい景色へと変わりました。
神馬建設の言う「ないモノ探しから、あるモノ探しへ」とは、目の前の風景の背後にある「行動の理由」や「土地の歴史」に敬意を払い、解像度を上げて世界を見つめ直すという、極めてクリエイティブな作業なのだと知りました。
自立とは「依存先」を増やすこと――心地よいお節介
もう一つ、私の価値観が揺さぶられたのが、神馬建設が掲げる「イエを建てるということは依存先を増やすこと」「互近助(お互いに近くで助け合う)」という考え方です。
現代社会では、誰にも頼らず一人で生きること(孤立)が「自立」だと勘違いされがちです。しかし、ここでは違いました。神馬社長が言う「一万人の町民はどこかで繋がる親戚」という言葉通り、浦河には心地よい「依存のネットワーク」が張り巡らされています。
滞在中にお世話になった「ゲストハウスまさご」でも、それを肌で感じました。
スタッフの方が、初対面の私に対して「今回のインターンを通して、何をしているの?」と、ごく自然に、そして興味深そうに声をかけてくれたのです。
都会の匿名性に慣れていると、他者からの干渉はノイズになりがちです。しかし、浦河で受けるそれは、お互いのことが気になって放っておけないという「温かいお節介」でした。
私はゲストハウス巡りが趣味なのですが、なぜ自分がこれほどまでにゲストハウスに惹かれるのか、その理由が改めて分かりました。私は、この人間臭い繋がりと、誰もが誰かの依存先になれる、血の通った空間を求めていたのです。
行動の対義語は「惰性」である
神馬建設の企業理念は「関わる全ての人々の心と身体を豊かにする」です。
そして、「行動の対義語は惰性である。行動にはすべて理由がある」といいます。
建設業の担い手が減少する地方において、彼らは惰性でイエを建ててはいません。不易流行の精神を持ち、人間はみなグレーである(良いところも悪いところもある)という前提に立ち、その人の良いところを際立たせるために、土地を読み込み、依存先となるイエを創り続けています。
この理念は、私の「ヒトマップ」にも影響しました。
観光客として「惰性」で町を消費するのではなく、その土地のモノや人に刻まれた理由を読み解き、そこから生まれる必然的な繋がりをデザインしていくこと。
北海道・浦河町は、私にあるモノを探す目と、心地よく他者に依存する勇気を与えてくれました。
都会へ戻っても、私はもう「ないモノ」を嘆くことはありません。足元に咲くフキノトウのように、あるいは冬に夏苺を守るパン屋さんのように、自分の行動に確かな「理由」を持ち、自分らしく生きるための地図を描き続けていきます。
温かいお節介で迎え入れてくれた浦河の皆様、そして、あたりまえすぎて見えなくなった価値を言語化する機会を与えてくださった神馬建設の皆様に、心からの感謝を申し上げます。