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仲間と歩いたアポイ岳で見えた、自然と判断の大切さ

仲間と歩いたアポイ岳で見えた、自然と判断の大切さ

アポイ岳は、標高810メートルしかない。

北海道の山としては決して高くないが、この山の価値は高さじゃない。かんらん岩という特殊な地質から生まれる固有の植生と、海に近いことで生まれる独特の気候。この場所にしかない自然環境が、登山者をひきつける理由になっている。

私は普段、登山用品店でアルバイトをしている。道具に触れ、接客を通じて山の話をする。でも店の中で山の話をするのと、実際に山の中にいるのは、やっぱり違う。そのことを改めて思い知ったのが、今回の登山だった。

インターンシップのフリーの日に、同じく参加していた学生たちと一緒に登った。

普段なら出会わなかったはずの人たちと、同じ土地に集まって、同じ山に向かう。その状況がなんとなく面白くて、登り始める前から少し高揚していた。

登山口からしばらくは、樹林帯の中を進む穏やかな道が続く。整備されていて歩きやすく、話しながら進む余裕もある。自然の中に入っていくというより、少しずつその空間に馴染んでいくような感じだった。

道中でリスを見かけた。遠くにシカの気配もあった。人の手が加わっていない自然の中にいるという実感が、歩くほどに強まっていく。同時に、この地域はヒグマの生息地でもある。美しい場所にいるという感覚と、油断してはいけないという緊張感が、ずっと並走していた。

標高500メートル付近で、森林限界に出た。

それまでの樹林帯から一変して、低木と岩が広がる開放的な地形になる。視界が一気に開けて、背後に海が見えた。山の上から海が見える。当たり前のようで、本州の山ではなかなかない光景だ。浦河に来てから何度か感じた「海と山が近い」という感覚を、ここでもまた思い出した。

ただ、この地点から風が強くなった。遮るものが何もないから、体がそのまま押し返されるような場面もあった。店の仕事で「風は体力を奪う」と何度も話してきたけど、実際に受けるとその重さが違う。知識と体験のあいだには、やっぱりずれがある。

さらに進むと、「馬の背」と呼ばれる尾根の区間に入った。

両側に視界が開ける細い尾根で、アポイ岳のなかでも印象的な場所のひとつだ。でも、その先の状況は想像と違った。雪が想像以上に残っていて、足場が不安定になっていた。踏み込むと深く沈む箇所もあって、このまま進むのはまずいと感じた。

引き返すことにした。

店で働いていると、「無理をしない判断」「引き返す勇気」という話を何度もする。お客さんに伝えることもある。でも自分がその選択を迫られたとき、思っていたよりためらいがあった。ここまで来たのに、という気持ちは確かにあった。それでも、状況を見て、引き返すことを選んだ。それ自体が、ひとつの判断だったと思う。

山頂には立てなかった。

未達といえば未達だ。でも、この登山がつまらなかったかというと、全然そんなことはない。

風の強さを体で知ったこと。雪の状態を見て判断したこと。海が見える尾根の景色。リスと、シカの気配と、ヒグマへの緊張感。それから、普段は一緒にいない人たちと同じ道を歩いた時間。登る過程で交わした何気ない会話と、同じ景色を見たときの感覚の共有。

そういうものが、全部ひっくるめて今回の登山だった。

下山して振り返ると、アポイ岳は変わらずそこにあった。

頂上に届かなかった山が、次に来る理由になる気もした。雪のない時期に、もう一度来てみたい。そう思えるくらいには、この山のことが気になっている。

登山用品店で山の話をする立場にいると、知識を持っていることと、実際に体験していることのあいだの差が、たまに気になる。今回の登山は、その差を少し埋めた。同時に、まだ埋まっていない部分も見えた。

頂上に立つことだけが山との向き合い方じゃない。どこまで進んで、どこで引き返すか。その選択も含めて、登山だと思う。アポイ岳での一日は、そのことを改めて考える時間になった。

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